神社のはじまり

神社のはじまり > 全国の神社マップ > 奈良県 > 石上神宮

石上神宮いそのかみじんぐう

石上神宮(いそのかみじんぐう)は、奈良県天理市布留町384にある神社です。まつられているのは布都御魂大神。社格は正一位 式内社(名神大) 二十二社(中七社) 官幣大社 別表神社。創建は(伝)崇神天皇7年と伝わります。

動画で見る

この社のはじまり

奈良の石上神宮。刃が枝のように7本に分かれた剣があるらしい。

七支刀。刀身の左右に、3本ずつ枝のような刃がのびています。合わせて7本。これは、戦うための刀ではないと考えられています。

長さは74.8せんち。刀身の下から3分の1あたりで、折れています。刃の背には、きんでうめこんだ文字が60あまり残っています。

刃に刻まれた文字に、作られた年が書かれておるのじゃ。

文字のはじめにある年号から、作られたのは、西暦369年ごろと考えられています。ただし、読み方には諸説あります。

1600年以上前の文字が、まだ読めるんだ。

日本書紀には、百済から贈られた、七枝刀という刀が出てきます。七支刀が、その七枝刀にあたると考えられています。

このやしろでは長いあいだ、ろくさの鉾と呼ばれていました。七支刀と呼ばれるようになったのは、明治になって、文字が見つかってからです。

七支刀だと分かったのが明治って、ずいぶん最近なんだ。

ご神体と同じように敬われ、くわしく確かめるものでは、なかったのじゃ。

このやしろには、明治まで本殿がありませんでした。拝殿のうしろの禁足地に、神剣がしずめられていると伝えられ、明治7年に掘り出されたあと、本殿が建ちました。

行ったら、参道を歩くニワトリを見てください。およそ30羽が、はなし飼いにされ、夜明けに鳴いて時を告げる神様のお使いとされてきました。

折れたままの刃が、1600年の時を、いまにつないでおるのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・武甕槌・経津主…剣の神。国ゆずりの伝えに出てくる。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

①七支刀の製作年(369年)は銘文の「泰□」を東晋「太和」と読む説にもとづく推定で、公式自身が『説』としているため本編05で『諸説あります』と明言した。②『日本書紀』の七枝刀との同一視も「考えられています」という推定なので、本編07も同じ言い方にした。★贈られた向き・当時の国どうしの関係・その評価には一切触れていない(歴史認識の主張に使わないというこのチャンネルの決まり)。神功皇后の名も、実在をめぐる議論があるので出していない。③七支刀は常時公開されているものではないので、行って見るものには誰でも見られる境内のニワトリを挙げた。拝観・特別展の日程は変わるので触れていない。④禁足地から出た神剣(韴霊)は名を挙げていない(耳で覚えにくく、ご神体の姿かたちの話にもなるため)。⑤創建は崇神天皇7年と社伝にあるが、年代が確かめられないので言っていない。⑥物部氏との関わりは公式に記されているが、氏族の盛衰は評価が分かれるので扱っていない。⑦ご利益は約束していない。⑧鶏の羽数は増減すると公式が明記しているので『およそ30羽』と幅のある言い方にした。

ほかの社を見る

奈良県の神社

丹生川上神社丹生川上神社上社大和神社大神神社宇太水分神社室生龍穴神社山の辺の道廣瀬大社春日大社橿原神宮玉置神社笠縫邑

同じ願いごとで信仰されてきた社

盛岡八幡宮駒形神社大崎八幡宮鹽竈神社鳥海山大物忌神社伊佐須美神社石都々古和気神社鹿島神宮宇都宮二荒山神社一之宮貫前神社

全国の神社マップへご利益マップへ

このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。