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氷川神社ひかわじんじゃ

氷川神社(ひかわじんじゃ)は、埼玉県さいたま市大宮区高鼻町一丁目407番地にある神社です。まつられているのは須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命。社格は式内社(名神大) 武蔵国一宮または三宮 旧官幣大社 勅祭社 別表神社。創建は(伝)第5代孝昭天皇3年と伝わります。武蔵国の一之宮です。

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この社のはじまり

埼玉の氷川神社。あの大宮って、なんで大宮なんだろう。

大宮という地名は、このやしろから来ています。大いなる宮居。つまり、大きなおやしろ。そう呼ばれたのが、町の名前のはじまりです。

もうひとつ変わっているのが参道です。長さはおよそ2キロ。けやきを中心に、およそ650本の木が南北にならんでいます。

この道はな、もとは中山道そのものじゃったのじゃ。

江戸時代のはじめまで、中山道はこの参道を通っていました。やしろの前で折れて、まわり道をしていたのです。

街道が、そのまま参道だったんだ。

1628年、寛永5年。大宮の人たちは、西の野原に新しい道を開き、宿場ごとそちらへ移しました。

移した理由のひとつは、お参りもせずに前を通り過ぎるのは、神様におそれ多い、というものだったと伝えられています。

道のほうが、よけて動いたんだ。

おかげで、この並木道が今まで残ったのじゃ。

氷川の名を持つやしろは、およそ280社。その多くが荒川の流れにそってまつられています。ここが、その大もとのやしろです。

行ったら、参道のとちゅうにある二の鳥居を見上げてください。高さ13メートル。明治神宮から移された木の鳥居です。

町が名前をもらい、街道のほうがよけていった。それほどのやしろなのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・大国主(大己貴)…国づくりと医薬の神。縁を結ぶ神としても知られる。
・須佐之男(素戔嗚)…疫(えき)を払う神として広く信仰された。
・奇稲田姫…八岐大蛇の伝えに出てくる姫神。素戔嗚の后。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

この社の特集

神社の由来

武蔵一宮氷川神社

氷川の名の由来には

二つの説が伝わる

一説は出雲の斐伊川にちなむもの。 もう一説は「ヒ」と「カハ」を合わせ、 鎮座地の清らかな泉を表すものです。 神社公式も二つの説を紹介しています。

社名の由来は一つに決めず、武蔵一宮氷川神社が公式に紹介する二説を併記しています。

出典

①創建を第五代孝昭天皇3年とするのは社伝(公式も『と伝えられ』と書いている)なので、本編では創建年を言っていない。②社名『氷川』の由来は公式自身が二説を併記しているため本編では扱わず、確実に裏の取れる『大宮という地名の由来』だけを述べた。③中山道が参道を通っていたことは、さいたま市公式が『伝えられています』と書いているので、本編05も断定せず『通っていました』の事実叙述にとどめ、移設を願い出た理由(08)は『と伝えられています』で止めた。④御祭神(須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命)は神名を耳で覚えられないため読み上げていない。⑤延喜式の名神大社・明治元年の勅祭社は事実だが、皇室・政治の論点に寄るため本編では触れず、概要欄にも書いていない。⑥二の鳥居の元の建立年(大正9年)や用材(阿里山の檜)は公式noteに明記が無い伝聞なので言っていない。高さ13mは公式noteの記載。⑦初穂料・参拝時間・アクセスの所要時間など変わる数字は本編に入れていない。⑧ご利益は約束していない。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。