境内の二人の像は、実在した人。1703年の心中が、社の通称になった

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露天神社(つゆのてんじんしゃ)は、大阪府 大阪市北区にある神社です。

大阪に、心中した二人の名前で呼ばれている神社があるんだって。
つゆのてんじんしゃ。境内に立つ二人のブロンズ像は、実在した人です。おはつと、とくべえ。
げんろく十六年、西暦千七百三年の四月七日。どうじま新地の遊女おはつと、うちほんまちの手代とくべえが、この社の天神の森で命を絶ちました。
その一か月後、ちかまつもんざえもんが人形浄瑠璃、そねざきしんじゅうとして舞台にかけ、大きな評判になりました。
それで、おはつ天神って呼ばれてるんだ。
そのヒロインの名前からです。像が建てられたのは平成十六年、西暦二千四年。昭和四十七年には、石碑も建てられました。
じゃがな、この社の名は、もともと露の天神と書くのじゃ。おはつの名よりも、ずっと古い名じゃよ。
社伝では、たいほう元年、西暦七百一年ごろの創建。なにわ八十島まつりの旧跡の一社と伝えられています。
露天神という名の由来には、諸説あります。梅雨のころに社前の井戸から水が湧いたからという説と、すがわらのみちざねがこの地で歌を詠んだからという説です。
このあたりは、もとは海に浮かぶ島のひとつでした。やがて陸つづきになり、社はそねざきと梅田の総鎮守になりました。
拝殿の前の石柱には、機銃掃射のあとが残っています。太平洋戦争のときに受けたものと伝えられています。
行ったら、その石柱のくぼみを見てください。三百年前の恋の話と、戦争のあとが、同じ境内にならんでいます。
人の名で呼ばれる社は、めずらしい。それだけ、あの二人の話が語りつがれてきたということじゃ。
社名の「つゆ」には
歌と井戸の説がある
大阪の梅田にある、露天神社。 菅原道真が詠んだ歌に由来するという説があります。 梅雨時の祭礼や、湧き水の井戸にちなむ説も。 社の公式由緒も、諸説を併記しています。
諸説あります。歌の説は『摂津名所図会』、祭礼の説は『摂陽群談』として公式が紹介しています。創建時の地形も社伝として伝わるもので、ここでは社名の由来に絞ります。
このページの決めごと
・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。
・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。
・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。
・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。