神社のはじまり

神社のはじまり > 全国の神社マップ > 長野県 > 戸隠神社

戸隠神社とがくしじんじゃ

戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市戸隠3690にある神社です。まつられているのは天手力雄命。社格は旧国幣小社。創建は不詳(九頭龍社) 孝元天皇5年(紀元前210年)(奥社) 天暦3年(949年)(宝光社) 寛治元年(1087年)(中社)と伝わります。

動画で見る

この社のはじまり

長野に、神話の続きがそのまま山になった場所があるんだって。

とがくしやまです。神話で投げ飛ばされた天の岩戸が、この山になった、と伝えられています。

高さは千九百四メートル。切り立った岩のかべが、そのままやしろのうしろにそびえています。

やしろのほうが、あとから来ました。山はずっと前から、そこにありました。

おく社にまつるのは、あめのたぢからおのみこと。岩戸をこじ開けた、その力の神さまじゃ。

そのおく社に、もっと古い神がいます。くずりゅう社の、くずりゅうのおおかみです。

力の神より、先にいた神がいるんだ。

この土地の神さまじゃ。水の神、雨ごいの神として、いつからおるのかも分かっておらん。

山と水が先にあり、そこへ神話が重なりました。ここは九百年あまり、けんこうじという寺でもありました。

明治の神仏分離で寺と分かれ、やしろが残ります。それでも人が向かう先は、変わらず山でした。

山そのものが、はじまりなんだ。

おく社への参道は、およそ二キロ。赤いずいしん門をくぐると、じゅれい四百年の杉並木が続きます。行くなら、その並木の先で岩のかべを見上げてください。

岩戸が落ちて山になった、と伝えられておる。人はその山を、ずっとおがんできたのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・天手力雄…岩戸をひらいたと伝えられる、力の神。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

★『天岩戸が飛んできて戸隠山になった』は伝説であり、事実として語っていない(公式サイトも「伝説もあります」と書いている)。本編・タイトル・概要欄のすべてで『神話で』『と伝えられています』と言い分けてある。/★五社(奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社)の創建年は資料により幅がある。奥社の『孝元天皇5年(紀元前210年)』は伝承上の年代で、暦としては確かめられない。だから本編では奥社の創建年を言っていない。/★九頭龍社の創建時期は『奥社より古い』とされるだけで、年代は分かっていない。本編でも『いつからおるのかも分かっておらん』と、分からないことを分からないままにしてある。/★九頭龍大神は虫歯の神・縁結びの神としても信仰されているが、ご利益を約束する言い方になるため本編では触れていない。/★戸隠山は岩場の難所が続き登山は上級者向けとされるが、参拝そのものは奥社参道(徒歩)で完結するため、本編では登山に触れていない。/★『九百年あまり』は宝光社の創建(949年)から神仏分離(1868年)までのおよその年数。数え方によって前後する。

ほかの社を見る

長野県の神社

仁科神明宮八剣神社新海三社神社穂高神社諏訪大社

同じ願いごとで信仰されてきた社

盛岡八幡宮駒形神社大崎八幡宮鹽竈神社伊佐須美神社石都々古和気神社鹿島神宮宇都宮二荒山神社日光東照宮一之宮貫前神社

全国の神社マップへご利益マップへ

このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。