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伊弉諾神宮いざなぎじんぐう

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)は、兵庫県淡路市多賀740にある神社です。まつられているのは伊弉諾尊・伊弉冉尊。社格は式内社(名神大) 淡路国一宮 旧官幣大社 別表神社。創建は神代(日本書紀・古事記による)と伝わります。淡路国の一之宮です。

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この社のはじまり

兵庫のいざなぎじんぐうって、神さまが最後に住んだ場所なの?

いざなぎじんぐう。兵庫県の淡路島にある、淡路国のいちのみやです。

国を生み終えた神が、淡路で最後に住んだと、720年の日本書紀に書かれています。

その神は、いざなぎのみこと。くにうみの物語で、淡路島を最初に生んだ神です。

つとめを終えて、淡路に、かくりのみやを構えたのじゃ。

かくりのみやって、ひとまえを離れて、静かに暮らす宮のことなんだね。

その住まいのあとに、神のお墓がつくられ、やしろが始まったと伝わります。

いまの本殿の下に、そのお墓があるといわれています。

神が眠ると伝わる場所に、本殿が建っておるのじゃ。

古事記と日本書紀にのる中で、いちばん古い神社と紹介されてるんだね。

境内のひのみちしるべは、真東に伊勢神宮のないくうがあると紹介しています。

参拝したら、樹齢約900年のめおとの大楠を見上げてください。

二柱の神が宿る御神木として、大切にされておるのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・伊弉諾・伊弉冉…国生みの二柱。夫婦の神とされる。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

伊弉諾尊が幽宮を構えて鎮まったという話は、日本書紀・古事記に書かれた神話。本編は「書かれています」「と伝わります」で言い、史実として断定しない。古事記の該当箇所は「淡海の多賀」とあり、淡路(淡道)の誤写とする説と、滋賀の多賀大社とする説がある(兵庫県神社庁も、幽宮の遺跡と伝わる所は当社の他に滋賀の多賀大社があると記す)。題名・本編は日本書紀の記述(淡路之洲)を主に言う。/「記紀に記載がある中で最も古い神社」は淡路島観光協会・兵庫県の観光サイトの表現。本編10は「とされてる」で言う。/本殿の下に陵墓があるというのは伝承・言い伝え(日本歴史地名大系「あるという」)。本編は「といわれています」「と伝わる」で言う。1881年の移築はWikipediaのみで確認したため本編では年を言わない。/720年は日本書紀の完成(奏上)の年。神社の創建年ではない。/陽の道しるべが示す「真東に伊勢神宮」は、同緯度にあるという観光協会の説明による。/神様の名で出すのは伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の一柱だけ。配祀の伊弉冊尊は本編で名を出さず「二柱の神」とだけ言う。/画像はAIで作った再現イメージで、実物の写真ではない(社殿・夫婦大楠・陽の道しるべの細部は実物と異なる)。/旧公式ドメイン izanagi-jingu.jp は2026-09-24時点で別の運営のブログへ転送されており、公式の由緒ページは確認できなかった。境内の土産処サイト kuniuminoshima.jp は神宮の運営ではないと明記しているため出典にしていない。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。