神社のはじまり

神社のはじまり > 全国の神社マップ > 岡山県 > 石上布都魂神社

石上布都魂神社いそのかみふつみたまじんじゃ

石上布都魂神社(いそのかみふつみたまじんじゃ)は、岡山県赤磐市石上字風呂谷1448にある神社です。まつられているのは素盞嗚尊。社格は式内社(小) 備前国一宮 旧郷社。創建は不詳(神代)と伝わります。備前国の一之宮です。

動画で見る

この社のはじまり

岡山のこのじんじゃ、本当のおみやは山のてっぺんなんだって。

いそのかみふつみたまじんじゃ。岡山県あかいわし、おおまつやまの中腹にあります。

いま参拝するのは、中腹のやしろです。そのうしろ400メートルの山頂に、本宮があります。

本宮のうしろには、大きな岩があります。神がしずまるいわくらとして、古代から信仰されてきました。

建物より、この岩のほうが先じゃ。人がやしろを建てるよりずっと前から、ここは祈りの場じゃったのじゃ。

まつられているのは、すさのおのみこと。やまたのおろちを斬った神です。

そのとき使ったつるぎが、このやしろにおさめられていた。じんじゃの由緒は、そう伝えています。

え、あのおろちを斬ったつるぎが、ここにあったの?

のちに大和のいそのかみじんぐうへうつされた、と伝わっておる。ただし、いつうつされたかにはしょせつあるのじゃ。

このやしろは、えんぎしきじんみょうちょうにも名がのります。びぜんのくにあかさかぐんにあった、ろくざのうちの一つです。

めいじよんじゅうさんねん、西暦1910年。山頂の社殿が火事にあい、いまの中腹へうつされました。今の拝殿は、1993年の改築です。

行ったら、中腹のやしろのうしろから山頂へ続く道をたどってみてください。本宮のうしろにある巨石のあたりは、きんそくちとして案内されています。

建物は山を下りても、岩はそこに残っておる。このやしろのはじまりは、その岩じゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・須佐之男(素戔嗚)…疫(えき)を払う神として広く信仰された。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

①素盞嗚尊が八岐大蛇を斬った剣をこの社に納めていたという話は、社と岡山県神社庁の由緒が伝える伝承です。『日本書紀』の一書にも、その剣は「今、吉備の神部の許に在り」とする記述がありますが、この社そのものを名指しした記述ではありません。動画でも「由緒は、そう伝えています」と伝聞で述べています。②大和の石上神宮へ移された時期は、崇神天皇の代とも仁徳天皇の代とも伝えられ、定まっていません。動画でも「諸説あります」と言っています。③「社殿の裏400メートル」は赤磐市の記載で、水平の距離であって標高ではありません。④1910年(明治43年)の火災と現在地への移転、1993年(平成5年)の拝殿改築は、岡山県神社庁の由緒の記載によります。⑤本宮の背後の巨石地域は禁足地として案内されています。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけてはいません。信仰の効果も約束していません。⑥ナレーションは耳で分かるように、多くの語をひらがなに開いています。

ほかの社を見る

岡山県の神社

中山神社吉備津彦神社吉備津神社

同じ願いごとで信仰されてきた社

北海道神宮岩木山神社盛岡八幡宮大崎八幡宮鹽竈神社太平山三吉神社鳥海山大物忌神社伊佐須美神社石都々古和気神社大洗磯前神社

全国の神社マップへご利益マップへ

このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。