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富士山本宮浅間大社ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ

富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)は、本宮:静岡県富士宮市宮町1-1奥宮:富士山頂上にある神社です。まつられているのは木花之佐久夜毘売命 (別称 : 浅間大神)。社格は式内社(名神大) 駿河国一宮 旧官幣大社 別表神社。創建は(伝)第11代垂仁天皇3年と伝わります。駿河国の一之宮です。

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この社のはじまり

静岡のこの神さま、燃えるうぶやの中で子を産んだって。

ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ。静岡県ふじのみや市、富士山の南のふもとにあります。

まつられておるのは、このはなのさくやびめ。富士山をしずめる神とされてきたお方じゃ。ならば、ふたりで手を合わせて、名をよぶのじゃ。

このはなのさくやびめさまー。出てきてくださいー。

よんだか。われが、このはなのさくやびめ。木の花のように咲く、という名である。

古事記です。さくは咲く。このはなは、桜の花をさすとする説があります。花が咲くような栄えをあらわす名です。

われは、おおやまつみの神のむすめ。ににぎのみことに、かささの岬で見そめられた。

父は姉のいわながひめも、ともに差し出しました。ところがににぎのみことは、姉だけを返します。

父は言った。いわながひめを置けば御子のいのちは岩のように動かず、われを置けば、木の花のように栄える、と。

姉が返されたために、御子のいのちは花のように短くなった。これが、いまも天皇のおいのちが長くない理由だと、古事記は記します。

えっ、そこでいのちの長さが決まったのか。

われは一夜で身ごもったゆえ、わが子ではないと疑われた。

戸口のないうぶやを建て、土でぬりふさぎ、みずから火を放って、その中でみはしらの子を産んだ。

火の中で子を産んだこの神は、のちに富士山をしずめる神、あさまのおおかみとしてまつられます。ふもとのやしろが、全国のせんげんじんじゃのそうほんぐうです。

行ったら、わきたまいけを見るのじゃ。富士山にしみこんだ水が、いまもわき出しておる。

静岡の富士山本宮浅間大社。あの頂上は、だれの土地なんだろう。

富士山の八合目から上は、国の土地ではありません。せんげん大社の境内です。

山頂の火口のまわりまで、ぜんぶ入ります。広さは、およそ120万坪。

富士山そのものが、このやしろのご神体なのじゃ。

はじまりは、噴火でした。何度も噴き上げる山をしずめるため、ふもとに神をまつったのが、このやしろの起こりだと伝えられています。

もとは、山をしずめるためのやしろだったんだ。

八百六年、坂上田村麻呂が天皇の命令で、いまの場所に社殿を建てました。

山の上まで境内にしたのは、徳川家康です。関ヶ原の戦いに勝ったお礼として社殿を三十あまり建て、あわせて八合目から上の土地を、やしろに寄進しました。

じゃあ、そのままずっとやしろのものなの?

いいえ。明治になると、山の上は国のものとされました。やしろは土地を返してほしいと裁判を起こします。

千九百七十四年、最高裁がやしろの訴えを認めました。土地が実際に返ったのは、二千四年のことです。

行ったら、本殿を見てください。二階建ての楼閣になった浅間造という形で、ほかに例がありません。

あの白い頂も、このやしろの境内じゃ。そう思って見上げると、少しちがって見えるじゃろう。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・木花之佐久夜毘売(浅間)…富士山の神。火の中で子を産んだ伝えから、安産と火の信仰がある。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

この社の特集

祀られた神

富士山本宮浅間大社

富士山の神は

木花之佐久夜毘売命

富士山を御神体とする浅間神社の総本宮。 主祭神は木花之佐久夜毘売命。 浅間大神という別称でもまつられる。 相殿に瓊々杵尊と大山祇神をまつる。

祭神表記は富士山本宮浅間大社公式に従った。

神様に話しかけてみたシリーズ

木花之佐久夜毘売

一夜で身ごもって疑われた神は、

戸口のない産屋に火を放ち、炎の中で三柱を産んだ

大山津見神のむすめで、姉は石長比売。 邇々芸命は笠沙の岬で見そめたが、姉だけを返した。 父は「石長比売なら岩のごとく、 この子なら木の花のごとく栄える」と誓っていた。 一夜の懐妊を疑われ、戸口の無い八尋殿を土で塗り塞ぎ、 火を放って炎の中で三柱の子を生んだ。

神話です。起きた出来事としてではなく、 そう伝えられていることとして紹介しています。 せりふは『古事記』と社の公式をもとに こちらで言葉にしたもので、 神さまが実際にそう話した記録ではありません。 創建と御祭神の由来は社伝によります。

出典

①この回のせりふは、記紀と社の公式に書かれていることを会話の形に置きかえたものです。神さまが実際にそう話したという記録ではありません。②出会い、姉の石長比売が返されたこと、一夜の懐妊、火の中での出産は、いずれも『古事記』が記す神話です。事実として起きたことではありません。③『日本書紀』には一書として別の伝えがあり、細部は一つに定まっていません。本編では『古事記』の筋だけを述べています。④天皇の御命が長くない理由という一文は『古事記』の記述としてそのまま紹介したもので、こちらの評価ではありません。実在の方々への評価はしていません。⑤木花之佐久夜毘売命が浅間大神としてまつられた由来は社伝によるもので、創建の年(垂仁天皇3年)も社伝『富士本宮浅間社記』によります。本編では年を言わず『のちに』で止めました。⑥神さまの姿は、記紀と社の公式から拾った手がかり(木の花・咲く・火の中で子を産んだ)をもとにこちらで想像して描いたものです。定まった図像があるわけではありません。⑦ご利益は約束していません。⑧ナレーションは耳で分かるように、一部の語をひらがなに開いています。
①創建(垂仁天皇3年=紀元前27年に山足の地へ祀った)は社伝『富士本宮浅間社記』によるものなので、本編05では年を言わず『伝えられています』で止めた。②806年の大宮遷座も社記による。年だけを述べ、経緯の細部は語っていない。③八合目以上の面積は、公式が『約120万坪』、裁判の記録が『404万5800余平方メートル』、返還時の報道が『約385万平方メートル』と幅がある。公式の値だけを使い『およそ120万坪』とした。④登山道と気象庁の山頂観測所の敷地は譲与の対象から除かれている=『八合目から上がすべて神社のもの』という言い方はしていない(本編は『山頂の火口のまわりまで入ります』と範囲だけを述べた)。⑤八合目から上は静岡・山梨の県境が確定しておらず登記の扱いが特殊だが、1本1論点にするため触れていない。⑥徳川家康・坂上田村麻呂は実在の人物なので、このチャンネルの決まりどおり人物への評価は本編でも概要欄でも一切していない(何をしたかという事実だけ)。⑦裁判の当事者は国と神社だが、どちらの主張が正しかったかという評価はせず、判決という事実だけを述べた。⑧富士登山の実務情報(開山期間・入山料・山小屋)は毎年変わるので触れていない。⑨ご利益は約束していない。⑩噴火の被害には触れていない(災害を煽らない)。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。