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宇佐神宮うさじんぐう

宇佐神宮(うさじんぐう)は、大分県宇佐市南宇佐2859にある神社です。まつられているのは八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后。社格は式内社(名神大3社) 豊前国一宮 旧官幣大社 勅祭社 別表神社。創建は神亀2年(725年)と伝わります。豊前国の一之宮です。

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この社のはじまり

大分の宇佐神宮。ここの神さま、はちまんおおかみに話をきいてみたい。

ならば、ふたりで手を合わせて、名をよぶのじゃ。

はちまんおおかみさまー。

よんだか。われがはちまんおおかみ。さんさいの子どもの姿で、現れたと伝わる神である。

名は、八つの旗とともにあまくだったという伝承にも結びつく。由来には、諸説ある。

宇佐神宮では、応神天皇の御神霊とされます。古事記に出てくる、ホムダワケノミコトです。

おじいさんだと思ったら、子どもの姿でも現れたのか。

571年、ひしがたいけのほとりに現れたという。これは、縁起に伝わる話である。

712年には、金色の鷹の姿で、ふたたび宇佐へ降り立ったと伝わる。

子どもの次は、鷹。ひとつの姿だけじゃないんだ。

725年に、いまの地にいちのごてんが建てられた。宇佐神宮は、全国のはちまんさまの総本宮である。

境内で見たいのは、ひしがたいけのほとりの御霊水。神が現れたと伝わる、泉です。

社殿だけでなく、池にもはじまりの話が残っておるのじゃ。

近所にある八幡様。あの大もとが、大分にあるらしい。

大分県宇佐市。JRの宇佐駅からバスで10分ほど。まわりは田んぼと山です。

宇佐神宮。ここに社殿が建てられたのは725年と伝えられます。はじまりには諸説あります。

日本の神社でいちばん数が多いのが八幡様で、4万600社あまり。その大もとが、このやしろです。

奈良の大仏をつくるとき、朝廷はこのやしろの神さまに力を借りました。

749年、宇佐の八幡様は奈良へ迎えられ、東大寺を守る神になりました。

九州の神が、みやこまで呼ばれたのじゃ。

じゃあ、近所のあの八幡様も、もとは大分から来たってこと。

いまも10年に一度、天皇の使いがこのやしろへ来ます。使いが来る神社は、全国で16社だけです。

2025年の秋に行われたのが、258回目でした。

258回。ずっと続いておるのじゃ。

行ったら、西の参道のくれはしを見てください。屋根のついた朱い橋で、渡るのは天皇の使いだけ。扉が開くのは10年に一度です。

10年に一度しか開かぬ橋。このやしろの時間は、そういう速さで流れておる。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・八幡(応神天皇)…武の神として広まり、全国でいちばん多い系統になった。
・神功皇后…身重のまま海を渡ったと伝えられ、安産の信仰がある。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

この社の特集

祭りと神事

宇佐神宮

十年に一度だけ

天皇の使いが来る

全国の八幡宮のおおもと。 奈良時代から、大きな出来事があるたびに 朝廷は宇佐使という使いを送った。 途中で絶えたが1744年に復活し、 いまも十年に一度の勅使祭として続いている。

かつては八つの摂社をめぐる「行幸会」もありましたが、いまは絶えています

神様に話しかけてみたシリーズ

八幡大神

三歳の子どもの姿で

現れたと伝わる神

宇佐の縁起は三歳の童子の出現を伝える。 金色の鷹の姿で宇佐に降り立ったという話もある。 応神天皇の御神霊としてまつられる。 菱形池の御霊水に、はじまりの伝承が残る。

神さまが実際にそう話したという記録ではありません。対話は資料をもとに創作。童子・鷹は縁起の伝承。名の由来には諸説。

出典

①神さまが実際にそう話したという記録ではありません。せりふは出典をもとにこちらで構成しました。②三歳の子・八つの旗・金色の鷹・571年の出現は縁起の伝承です。八幡の名の由来には諸説あります。③対話の老人姿と衣装は創作上の表現で、実在人物の肖像や神像の模写ではありません。④古事記の品陀和気命と、後世の八幡信仰を時代を分けて説明します。⑤725年は現存建物の建築年ではなく現在地での鎮座・造営の年です。⑥ご利益を約束せず信仰の事実を紹介します。⑦02の呼びかけの文は今回渡された定期手順書の指定を優先しました。
宇佐神宮のはじまりは、八幡大神が宇佐の地に現れたのが571年、いまの場所に社殿が建てられたのが725年と、公式サイト自身が二つの年を分けて書いている。本編では社殿の年だけを言い、『はじまりには諸説あります』と添えた。八幡さまの社数(4万600社/4万社あまり)は数え方によって変わる。奈良の大仏との関わりは宇佐神宮公式と奈良市観光協会公式の記述に沿って述べ、『続日本紀』の細部(神輿での入京など)は原典を確認できていないため言っていない。呉橋の名の由来には諸説ある。勅祭・勅使については公式の告知にある事実だけを述べ、天皇や歴史の評価にはいっさい触れていない。ご利益は約束していない。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。