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鵜戸神宮うどじんぐう

鵜戸神宮(うどじんぐう)は、宮崎県日南市大字宮浦3232にある神社です。まつられているのは日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊。社格は旧官幣大社 別表神社。創建は伝崇神天皇朝と伝わります。

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この社のはじまり

宮崎に、石段を下っていく神社があるんだって。

うどじんぐうです。本殿は、海がえぐった洞窟の中にあります。

洞窟の広さは、東西三十八メートル、南北二十九メートル、高さ八メートル半ほど。

洞窟が先にありました。やしろは、あとからその中に建てられています。

波が長い年月をかけて、この岩をけずったのじゃ。人はそこを、うぶやの跡と伝えてきた。

まつるのは、ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと。神武天皇の父にあたる神です。

その神が生まれた場所が、この洞窟ってこと。

社伝ではの。とよたまひめが、うぶやを建てた所と伝えられておる。

本殿が崖の下の洞窟にあるので、参道はくだります。上って参らない、くだりみやです。

えんりゃく元年からは寺と一つになり、明治の神仏分離で、やしろだけが残りました。

呼び名は変わっても、洞窟はそのままなんだ。

行くなら、本殿のうしろにまわってください。ちぶさの形をした岩から、水がしたたっています。

海がけずった穴が先にあり、人はそこに神を見た。それがこのやしろのはじまりじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・彦火火出見・豊玉姫(海幸山幸)…海の宮の伝えを持つ神々。安産の信仰がある。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

★『豊玉姫がここに産屋を建てた』『主祭神がこの岩屋で生まれた』は社伝・神話であり、事実として語っていない(本編でも『伝えてきた』『伝えられておる』と言っている)。/★本殿の創建年は公式サイト自身が『景行天皇・崇神天皇・推古天皇の時など諸説あるが不詳』としている。だから本編では創建年を言っていない。/★岩窟の寸法(東西38m・南北29m・高さ8.5m)は資料により端数の書き方が違う。公式サイトは寸法ではなく『およそ1千平方メートル(約三百坪)』と書いている。本編は『八メートル半ほど』と幅を持たせた。/★『日本三大下り宮』という言い方が広く使われているが、三社の選び方に定まった典拠がないため本編では使っていない。/★お乳岩・お乳水は安産や育児を願う信仰の対象だが、ご利益を約束する言い方になるため本編では『水がしたたっている』という事実だけを言った。運玉(亀石に投げ入れる素焼きの玉)も同じ理由で本編では扱っていない。/★神仏習合の時代を『寺と一つになり』と言い、どちらが正しいという評価はしていない。/★現在の本殿は正徳元年(1711年)に飫肥藩五代藩主が改築したものを、その後たびたび修理したもの。平成7年(1995年)に宮崎県指定の有形文化財(建造物)になっている。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。