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北口本宮冨士浅間神社きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ

北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)は、山梨県富士吉田市上吉田5558にある神社です。まつられているのは木花開耶姫命・天孫彦火瓊瓊杵命・大山祇神。社格は旧県社 別表神社。創建は(伝)景行天皇40年 (日本武尊東征時)と伝わります。

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この社のはじまり

山梨の北口本宮冨士浅間神社。境内の奥に、門があるって。

その先は富士山の山頂まで続く道です。よしだぐちとざんどうの起点が、この境内にあります。

門の名はとざんもん。毎年6月30日、この門に張られたしめなわを切る、おみちびらきという神事が行われます。翌日が山開きです。

参る所と、のぼるみちが、地続きになっておるのじゃ。

参道の入口に立つのが、ふじさんおおとりいです。高さおよそ18メートル、幅およそ11メートル。木造では日本最大とされています。

江戸時代の後半から、およそ60年に一度の間隔で、改修や新築がくり返されてきました。いまのものは1954年に建てられ、2014年5月に修理を終えています。

つまりこの鳥居は、60年ごとに人の手で立て直されてきたことになります。

山へ向かう道の入口を、代がわりしながら守ってきたのじゃ。

門も鳥居も、山とつながっているんだ。

やしろのはじまりは、おつかやまという丘だと伝わります。けいこう天皇40年、やまとたけるのみことがここに立ち寄り、富士の神をおがんだという伝承です。

いまの場所に社殿が建ったのは、えんりゃく7年、西暦788年のこと。本殿はげんな元年、1615年に、とりいなりつぐという武将が建てました。とうぐう本殿は1561年、たけだしんげんの造営と伝わります。

行ったら、境内のいちばん奥まで歩いてみてください。とざんもんの向こうに、山頂まで続く道のはじまりがあります。

道のはじまりに、やしろが建っておるのじゃ。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・木花之佐久夜毘売(浅間)…富士山の神。火の中で子を産んだ伝えから、安産と火の信仰がある。
・大山祇…山の神。海の武人にも篤く信仰された。
・瓊瓊杵尊…高天原から地上へ降りたと伝えられる神。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

①日本武尊が大塚丘に立ち寄ったという景行天皇40年(110年)の話は、社に伝わる伝承です。年代を確かめられる記録ではありません。②本殿・東宮本殿・西宮本殿の年は社の公式の記述によります。③冨士山大鳥居の寸法と、およそ60年ごとに改修や新築をくり返してきたという説明は、報道と社の資料によるもので、寸法はおおよその値です。2014年の工事は袖柱と袖貫の取り替えで、主体の柱は残して部分的に修理されました。④吉田口登山道は世界文化遺産『富士山―信仰の対象と芸術の源泉』の構成資産の一部です。登山の可否・期間・通行料などの決まりは年によって変わります。行かれる前に必ず最新の案内をご確認ください。⑤ナレーションでは、耳で分かるように一部の語をひらがなに開いています。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。