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霧島神宮きりしまじんぐう

霧島神宮(きりしまじんぐう)は、鹿児島県霧島市霧島田口2608番地5号にある神社です。まつられているのは天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊。社格は式内社(小)論社 旧官幣大社 別表神社。創建は伝欽明天皇朝(6世紀) 伝欽明天皇元年(540年)と伝わります。

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この社のはじまり

鹿児島の霧島神宮。このおやしろ、もとは山の上にあったんだ。

まつっている山の噴火で、おやしろは二度、焼け落ちました。

はじまりのやしろは、高千穂峰と火口の、あいだに建っていました。まつる山の、火の口のとなりです。

神さまが天から降りたと伝わる峰じゃ。そのふもとに建てた。火口のとなりとは知らずにな。

788年、火口が噴火して、やしろは焼けました。

まつってる山に、焼かれちゃったのか。

950年、天台宗の僧が、たかちほがわらに建てなおしました。それでも、まだ山の中腹です。

1234年、こんどは大噴火でした。社殿も、僧の住まいも、ことごとく焼けました。

二度目。もうやめようとは、ならなかったの。

ならなんだ。そこから、およそ250年。仮の宮のまま、まつり続けたのじゃ。

1484年、島津の殿さまの命令で、ふもとの、いまの場所に建てなおされます。いまの社殿は1715年のもので、2022年に国宝になりました。

行ったら、たかちほがわらまで足をのばしてください。二度目のおやしろが建っていた場所が、いまも祭りの庭として残っています。

焼かれても、山からは離れなんだ。まつる相手が、その山じゃからのう。

この社のこと

信仰されてきた願いごと

その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。

これはまつられている神さまから整理したものです。
・瓊瓊杵尊…高天原から地上へ降りたと伝えられる神。
社の公式に案内がある場合は、そちらが正しいものとお考えください。

出典

①創建(欽明天皇の御代・慶胤)は社伝であり、年代を確定できる記録ではないので、本編では創建年を言っていない。②はじまりの社の位置「脊門丘」は社伝の伝える場所で、遺構で確定しているわけではない。本編でも『建っていたのは』と伝えの範囲にとどめた。③『火常峰』は御鉢(噴火口)のことだが、耳で追えないため本編では『火口』と言い換えた。④性空上人・兼慶上人・島津忠昌・島津吉貴の名は、音声で誤読しやすいため本編では出さず、概要欄と出典に書いた。⑤『二度焼けた』は記録に残る788年と1234年の2回を指す。これ以外にも小規模な災いがあった可能性は否定しないが、公式の由緒に年で書かれているのはこの2回。⑥仮宮の期間『およそ250年』は公式の由緒の表現をそのまま使った。⑦天孫降臨は神話であり、事実として語っていない(『伝わる』で止めた)。⑧ご利益は約束していない。⑨高千穂峰の山頂にある天逆鉾は由来に諸説あり、論点が増えるため本編では扱っていない。

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このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。