床板は釘を使わず、柱の間に8枚。高潮の力を逃がすために、すき間をあけてある

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厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、広島県廿日市市宮島町1-1にある神社です。まつられているのは市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命。社格は式内社(名神大) 安芸国一宮 旧官幣中社 別表神社。創建は(伝)推古天皇元年(593年)と伝わります。安芸国の一之宮です。


広島の宮島に、ハイヒールで歩けない神社があるんだって。
厳島神社のかいろうは、床板と床板のあいだが、わざと開けてあります。
厳島神社は、ハイヒールがすき間に挟まることがあると呼びかけています。
この社殿は、海の上に建っています。床のすき間は、高潮の力を逃がすためにあけてあります。
床板は、柱と柱のあいだに八枚。釘では留めておらんのじゃ。
潮位が二百五十センチを超えると、社殿は海に浮かんでいるように見えます。
床の下まで、海が来るってこと。
来る。そのとき水は、床を下から押し上げるのじゃ。
板をすき間なく張ると、水が押し上げる力を建物ごと受け止めることになります。
すき間があれば、水は板と板のあいだを通り抜けます。押し上げる力が弱まり、上がった海水も流れ落ちます。
壊れないように、わざと逃がしてあるんだ。
行ったら、足元を見てください。踏んでいる板の下に、国宝の床板があります。
留めないことで、守る。海の上のやしろは、そうやって波をやり過ごしてきたのじゃ。
広島の宮島。厳島神社って、なんで海の上に建ってるんだろう。
場所は、広島県の宮島。JR宮島口駅から、フェリーで10分ほどです。
海に立つ、あの赤い大鳥居。じつは、海の底に埋まっていません。
重さは、およそ60トン。土台の石の上に、自分の重さだけで立っています。
この島は、島そのものが神とされてきたのじゃ。地面を掘ることも、避けてきたと伝えられておる。
古くは、人が住むことも許されず、鎌倉時代のころまで、おもなお祭りは、向かいの岸にある神社で行われていました。
いまの形に整えたのは、平清盛。1168年ごろです。ただ、海の上に建てた理由がわかる記録はなく、諸説あります。
柱の下には、松の丸太が打ちこんであります。柱1本につき、松の丸太を30本から100本。やわらかい砂の地面を、固めるためです。
埋めるんじゃなくて、下を固めて、あとは重さで立たせてるのか。
鳥居の上の横木の中には、こぶし大の石が、ぎっしり詰めてあります。鳥居全体を重くして、倒れにくくするためです。
いまの大鳥居は9代目。明治8年に建てられ、2019年から3年かけて、大きな修理が行われました。
行ったら、社殿の床を見てください。板と板のあいだが、わざと空けてあります。潮が高くなったとき、下からかかる水の力を逃がすためです。
押さえつけるのではなく、受け流す。海の上で、そうやって立っておる。
その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。
島の名は
神につかえる島という意味
イツクシマは「斎く(いつく)島」、つまり神につかえる島の意味とされる。 島そのものが神とされ、弥山の頂には巨石がつらなっている。 古い書きものでは「伊都岐島」「伊都伎嶋」と書かれた。 弘仁二年の『日本後紀』に「伊都岐島神」と出るのが、文献での初めである。
祭神である市杵島姫命の「イチキシマ」が 転じたとする説もあり、諸説あります。 島は神のいるところとして立ち入りをはばかられ、 鎌倉時代ごろまでは対岸の地御前神社でおもな祭りが行われていました。
このページの決めごと
・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。
・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。
・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。
・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。