あのキツネは、神さまではない。神の使いを表している

神社のはじまり > 全国の神社マップ > 京都府 > 伏見稲荷大社
伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は、京都府京都市伏見区深草薮之内町68番地にある神社です。まつられているのは稲荷大神(宇迦之御魂大神ほか4柱の総称)。社格は式内社(名神大) 二十二社(上七社) 旧官幣大社。創建は和銅年間(708年 - 715年)と伝わります。


京都の伏見稲荷。うかのみたまのおおかみに、話をきいてみたい。
ならば、ふたりで手を合わせて、名をよぶのじゃ。
うかのみたまのおおかみさまー。
よんだか。われが、うかのみたまのおおかみ。あのキツネは、われではない。神の使いを表しておる。
名のウカは、食べ物を表すとされる。とりわけ、収穫した稲にかかわる神と考えられておる。
古事記では、神々の親子関係の中に、この神の名が出てきます。ただし、活躍する物語は書かれていません。
名前は残っているのに、何をしたかは書いていないんだ。
日本書紀の別の伝えでは、親の神々が飢えたときに生まれたとある。生まれ方には、違う伝えがあるのじゃ。
伏見稲荷大社では、狐は稲荷大神の使いとされています。野山の狐ではなく、目に見えない白狐と説明しています。
きつねの像は、神さまをお手伝いする側だったんだね。
人々は稲の実りや、商売の繁盛、家族の安全を願っておる。暮らしを支える神としての、信仰じゃ。
行ったら、本殿に注目です。イツハシラが一つの建物にまつられ、うかのみたまのおおかみは、その中央に鎮まります。
食べ物にかかわる意味が、神さまの名にも残っておるのう。
京都の伏見稲荷。あの鳥居、いったいだれがお金を出してるんだろう。
場所は、京都市の南にある伏見区。京都駅から電車で、ごふんほどです。いなりやまという山ぜんたいが、そのまま神社の境内になっています。
あの鳥居は、国でも神社でもありません。えどじだいから、願いが通りますように、または願いがとおったお礼として、お参りに来た人が一本ずつおさめてきたものです。
願いが通る。鳥居をくぐる。その二つを、かけておるのじゃ。
そのため鳥居のうらには、おさめた人の名前と、建てたねんげつが書かれています。
見たことある。会社の名前が、ずらっと書いてある。
いなりやま全体では、およそ一万基。そのうち、ふたてに分かれて鳥居が並ぶ場所が、千本鳥居と呼ばれています。
いまも、だれでも鳥居をおさめられます。値段は柱の太さで決まり、いちばん細いもので、すうじゅうまんえんからです。
いまでも、お金を出せばおさめられるんだ。
伏見稲荷大社が建ったのは、ななひゃくじゅういちねんと伝わります。全国におよそ三万社ある、おいなりさんの総本社です。
きつねは、神ではないぞ。神のつかいじゃ。
行ったら、鳥居のうらを見てください。おさめた人の名前と、建てたねんげつがならんでいます。
その願いは、通ったのか。いま鳥居が立っておる。それが答えじゃ。
その社が、どんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありません。
日本でいちばん数の多い社は稲荷
その総本宮がここ
稲荷の社は全国に約三万あるとされる。 『山城国風土記』の逸文によれば、 秦氏が餅を的にして矢を射たところ、 餅は白鳥になって山に降り、そこに稲が生った。 それで伊奈利と名づけたという。 稲荷の字を使ったのは、天長四年の詔が初めである。
社名の由来には諸説あります。 江戸時代に分社が「正一位」を 名乗ったのは伏見稲荷の神階に ちなむ呼び方で、一社ずつの授与ではありません。
稲荷の狐は
神さまの使いを表す
名のウカは食べ物を表すとされます。 古事記には神々の系譜に名が登場します。 伏見稲荷大社では五柱を一つの本殿にまつり、 宇迦之御魂大神は中央に鎮まります。
神さまが実際にそう話したという記録ではありません。会話と姿は創作です。神名の解釈には諸説があり、ご利益を約束しません。
今宮神社八坂神社出雲大神宮北野天満宮吉田神社園韓神社地主神社城南宮大原野神社宇治上神社宇治神社安井金比羅宮
このページの決めごと
・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。
・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。
・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。
・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。