神社のはじまり

神社のはじまり > 全国の神社マップ > 京都府 > 豊国神社

豊国神社とよくにじんじゃ

豊国神社(とよくにじんじゃ)は、京都府 京都市東山区にある神社です。

動画で見る

この社のはじまり

京都に、二百年以上のあいだ無かった神社があるんだって。

とよくにじんじゃ。正面に立つ国宝の唐門は、もともとふしみ城にあった門だと伝わります。

この社は、けいちょう二十年、西暦千六百十五年に、とくがわいえやすのめいでまつりを廃されました。とよとみ家が滅んだ年です。

建てなおされたのは、明治十三年、西暦千八百八十年。二百六十五年ぶりのことでした。

そんなに長いあいだ、無かったんだ。

まつられているのは、とよとみひでよしです。けいちょう四年、西暦千五百九十九年に、あみだがみねの山頂にほうむられ、そのふもとに廟所が建てられました。

同じ年に朝廷から、ほうこくだいみょうじん、という神の名がおくられた。それが、この社のはじまりなのじゃ。

けいおう四年、西暦千八百六十八年に、明治天皇のちょくめいで、再興することが布告されました。

そして明治十三年、社殿は、ほうこうじの大仏殿の跡地に建てられました。いまの場所です。

唐門は、二条城、南禅寺のこんちいんとうつされ、この再建のときに、ここへ移されたと伝わります。

昭和二十八年、この唐門は国宝に指定されました。前とうしろが唐破風、側面は入母屋の四脚門です。

行ったら、唐門の彫刻を見上げてください。桃山時代の気風をよく伝えるといわれます。となりのほうこうじには、国家安康の銘で知られる鐘があります。

二百六十五年のあいだ、この社は無かった。それでも門のほうは、よそで残っておったのじゃ。

この社のこと

出典

唐門が伏見城の遺構であることは、そう伝えられていることです。どこを通ってここへ来たかも出典によって書き方が分かれます(伏見城から二条城をへて金地院へ、とするものと、伏見城から金地院へ、とするもの)。本編では『伝わります』の形で紹介しています。『265年ぶり』は、祭祀が廃された慶長20年(1615年)から社殿が完成した明治13年(1880年)までを数えたものです。実在の人物については、起きた出来事だけを述べ、人物の評価はしていません。ご利益は約束していません。

ほかの社を見る

京都府の神社

今宮神社伏見稲荷大社八坂神社出雲大神宮北野天満宮吉田神社園韓神社地主神社城南宮大原野神社宇治上神社宇治神社

全国の神社マップへご利益マップへ

このページの決めごと

・社の由緒として書いているのは、社の公式の由緒・自治体の公式の案内・文献や発掘でわかっていることだけです。出典は全部このページに載せています。

・わかっていないことは「諸説あります」と正直に書きます。参拝の作法を正しい・間違いと決めつけません。特定の社への参拝を呼びかけることもしません。

・「信仰されてきた願いごと」は、その社がどんな願いごとで信仰されてきたかです。かなうことをお約束するものではありませんし、社に順位もつけません。

・住所・主祭神・社格・創建・交通は、ウィキペディア日本語版の各記事(Template:神社の欄と代表座標)から機械的に取っています。おでかけの前には、必ず社の公式でお確かめください。