1962年、尾坂から移された小さなやしろ。無人になった村の氏神を、旧住民がまつり続ける

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立脇神社(たてわきじんじゃ)は、京都府 京丹後市にある神社です。

京都のこの小さなやしろ、もとは別の村にあったの?
たてわきじんじゃ。京都府の京丹後市、あみのじんじゃの境内にあります。
このやしろは、1962年にこちらへ移されました。もとの場所は、おさかという集落です。
いま、おさかには住む人がいません。それでも神社は、移った先でまつられ続けています。
戦争が終わったあと、村を離れる人が増えたのじゃ。それが、やしろを移した理由なのじゃ。
移された日は、1962年7月23日。あみのじんじゃの公式由緒に、日付まで記されています。
創建の年は、分かっていません。ただし社殿は、1729年と1809年に建て直されています。
たてわきじんじゃという名前になったのは、1869年じゃ。いまの場所へ来るより、ずっと前なのじゃ。
村にあったころから、この名前だったんだね。移ったあとも、名前は変わらなかったんだ。
住む場所が変わっても、お参りする神社とのつながりは、続いているんだね。
公式由緒では、おさかのもとの住民たちが、移った神社を今も大切にしていると紹介されています。
見るところは、小さな屋根の下にある木のやしろ。ここに、おさかの氏神がまつられています。
村を離れても、やしろとの縁は切れなかった。ここには、暮らす場所が変わった人々の歴史があるのじゃ。
村が無くなって、
社は山を下りた
尾坂山の中の集落・尾坂の村社。 1959年の伊勢湾台風で村は傷み、 社は1962年、網野神社の境内へ。 1964年までに全戸が離村した。
いまももとの住民の参詣が絶えず 「三宝荒神さん」「お稲荷さん」と呼ばれている。 もとの社地は山にもどった
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