まつられているのは織田信長。秀吉が寺を建てようとした丘に、1869年に建った

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建勲神社(たけいさおじんじゃ)は、京都府 京都市北区にある神社です。

京都の街なかの丘に、信長をまつる神社があるんだって。
たけいさおじんじゃ。京都市北区の、ふなおかやまという丘の上にあります。
まつられているのは織田信長。戦国の世に天下統一を進め、朝廷の儀式の立て直しにも力をつくした武将です。
てんしょう十年、西暦千五百八十二年。ほんのうじの変で、その生涯は終わりました。
知らせを受けたとよとみひでよしは、やまざきの戦いであけちみつひでを討ち、むらさきののだいとくじで、七日間の大きな法要を営みました。
そのひでよしがな、信長の霊をなぐさめるために、この丘に寺を建てようとしたのじゃ。
おおぎまち天皇からは、てんしょうじという、寺の名まで賜っています。
ところが、いまこの丘に建っているのは、寺ではありません。
じゃあ、この神社はだれが建てたの。
明治二年、西暦千八百六十九年。明治天皇から、信長をまつる神社を建てよという宣下がありました。翌年には、たけいさおという神号が贈られ、これが、そのまま社名になりました。
この丘は、平安京が造られたとき、げんぶの小山と占われた場所です。丘の真南が、だいごくでんと朱雀大路になりました。
行ったら、社殿の前から、南を向いてください。その線の先に、平安京の中心がありました。丘は昭和四十三年に、国の史跡に指定されています。
寺になるはずだった丘に、いまは信長がまつられておるのじゃ。
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