平安貴族が「祭」といえば、この祭のことだった

賀茂祭(かもまつり)は、葵祭・京都市にある神社です。

昔の京都では、『まつり』と言うだけで、かもまつりのことだったの?
かもまつりの舞台は、京都の北。賀茂川の周りです。
平安貴族が、ただ『まつり』と言えば、このかもまつりのことでした。
古くから、かもまつりと呼ばれ、江戸時代の再興後、葵祭とも呼ばれるようになりました。
およそ1500年前、欽明天皇の頃、凶作のときに賀茂の神を祭ったことが、まつりの起源と伝えられています。
807年には、天皇の使いが奉仕する、ちょくさいとして行われるようになったのじゃ。
葵祭という呼び名は、装束などを二葉葵で飾ることに由来するとされます。
行列は京都御所から下鴨神社、上賀茂神社へ。道のりは、およそ8キロです。
行列が、二つの神社を順番にまわるんだ。
両方のやしろでは、天皇の使いが、ごさいもんを読み上げ、ごへいもつを奉ります。
行列は中断を経て、1953年に復活。1956年には、さいおうだいを中心とする女人列も復興しました。
行列では、二葉葵と桂を組み合わせた、あおいかつらにも注目です。
『まつり』と呼ばれた、かもまつりは、今も二つの賀茂のやしろで受け継がれておるのじゃ。
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